ミタール・タラビッチの予言

ミタール・タラビッチの予言

https://ameblo.jp/kkokrjp/ 2015-01-31 10:23:19

2015年も一ヶ月が過ぎた。
で、何か変わったか?進展したか?
というと何も変わっていない。
マスコミやワイドショウではイスラム国の人質問題にかかりきりで日本人の大きな注目を集めているが、一般の日本人にとっては所詮「他人事」である。
さも大事件のように扱っているが、結局自分の身に及んでくる事件とは思っていないで高みの見物である。
マスコミは、「日本中が一人の人間の命の行方を心配して見守っている」、
としているが、それ自体が脳天気なことには全く気がついていない。
「もうじき(来年)自分達も生きるか死ぬか、という大きな艱難に巻き込まれていく」
とは誰も夢にも思っていない。

 

2016年大艱難説を唱えているのは私だけだろうか?
他にはあまり見当たらないが。
でも、下手に騒がれると反発を買うのでそれもまずい。
特に日本人は言霊信仰が刷り込まれているので、縁起が悪いことを言っただけで忌み嫌われる。
私は、「ただ、預言書を解読していくとそうなる」というだけであって、わざと過激に書いているつもりはないのだが、
「この世=地球人の時代、が永遠に続いていく」と思ってぬるま湯に浸っている人達からすると、「トンデモナイ過激な説だ」
となるのは仕方ない。

 

 

さて、2015年1月も終わりでもう2月だ。
3月になると携挙予定期間開始の1年前、受付締め切りの半年前になってしまう。
2016年になってから「今年はどんな予言があるのかな?」
と思って「2016年 予言」で検索してこのブログを見つけても、「よく読んだら既に受付締め切りになっているじゃん」
という人が多いのだろうか?

 

 

さて、聖書とノストラダムス以外にも、予言には、聖マラキの預言やファティマ第3の予言などいろいろあるが、最近、ある予言、予言者を知った。
(ただし、聖書とノストラダムスは預言であって、予言とは本質的に違うが。)
それは、ミタール・タラビッチ(1829年~1899年)というセルビア(旧ユーゴスラビア)の人の予言書である。

 

 

ミタール・タラビッチは、現在のセルビアのクレモナという町に住んでいた文盲の羊飼いである。タラビッチは、未来を見通す千里眼の持ち主で、折に触れて見たものを周囲の人々に聞かせていた。タラビッチの予言の多くは彼の名付け親で神父の叔父によって記録され、現在でも読むことができる。いまでもセルビアではタラビッチの予言書は重宝され、一家に一冊あるという。

 

 

その予言全訳が出ている。
かなり長いが、凄く長い、という訳でもないので全文を転載する。
http://ytaka2011.blog105.fc2.com/blog-entry-162.html

 

大きな戦争の後、世界各地に平和が訪れる。いろんな新しい国々が誕生する。黒、白、赤、黄色というような。国際的な裁判所(国連のこと)が作られ、国家が戦争をすることを許さなくなる。この裁判所(国連)はすべての王(政府)の上に立ち正しい判断をくだす。そして、憎しみと残虐性を愛と平和に変えるように努力する。このような時代に生きるものはなんと幸運なことか。

しかし、しばらくすると、偉大な王(国家)や小さな王も裁判所(国連)への尊敬を失い裁判所をだまし、自分たちの好きなようにやるようになる。これが原因で多くの小さな戦争が始まる。そして何千人もの人々が死ぬが、それでも大きな戦争は起こらない。

 

 

イスラエルでもいくつかの戦争は起こるが、この地にも最終的には平和が訪れる。これらの小さな戦争では兄弟同士が戦い、キスをして平和条約を結ぶが、憎しみは残る。これらの小さな戦争は大きな国家(アメリカやソ連)によって引き起こされたものだ。なぜなら、これらの大きな国家は悪意に満ちているからである。そして相互に戦うはめになる国々は、自らの盲目的なバカさから戦うのである。

わが国(セルビア)では平和と繁栄の時期が長く続く。何世代も人々は平和な時代に生き、人生を終わる。戦争のことを人々は、知識を収めた本や証言、そして奇妙な装置を通して知る。(テレビのことか?)

 

 

わが国(セルビア、ユーゴスラビア)多くの人々に愛され尊敬される。人々は白パンを主食とし、黒パンは欲しいときにしか食べない。人々は牛が引かない車(自動車)に乗る。そして空を飛んで旅をし、タラ山の2倍ほどもある高さから下を眺めるようにもなる。

セルビアは、青い目の白い馬に乗った人物が統治するときにもっとも繁栄する。この人物はセルビアに新しい宗教のようなものを持ち込む。彼は権力の頂点に上り、100歳に近い年齢まで健康に生きる。彼は狩りの愛好者だが、狩りの途中で誤って落馬し、足を切断する。この傷が原因で彼は死ぬ。年齢からではない。

彼の死後、国は一種の連邦制によって統治されるが、かつてのような状態には戻らない。わが国の国民は惨めさと飢えを忘れ、豊かさの中で暮らしているが、国民は互いに悪意を抱き憎むようになる。

 

 

われわれの国(セルビア)や、彼らの国の国境の先には新しい国が生まれる。新しい国々は雨後のタケノコのように誕生する。そうした国々はもともと良心的で誠実だが、われわれの憎しみには憎しみをもって応える。これらの国々は、互いに兄弟でもあるかのようにめんどうを見合う。しかしわれわれ(セルビア人)は気が狂ったようになり、自分たちは全知全能でありなんでもできると信じ、彼らに自分たちの信念を強制する。だが、こうしたことはすべて無駄に終わる。なぜなら、彼らは自分たちしか信頼しないからだ。その後、これが原因となり大きな問題が起こる。だが、わが国(セルビア)は勇敢だ。

 

 

何年もこの問題は続くが、だれも止めることはできない。なぜなら、雨後のタケノコのように新しい国々は次から次にできるからだ。あなた(叔父の神父)の死後何十年もたってから生まれる指導者は、誠実で知的な人物だ。この人物はこうした新しい国々と平和的な関係を結ぶ。彼らは向こう側に、われわれはここと向こう側に住む。われわれは平和に暮らす。

父さん、第二の大きな戦争の後、世界が平和になり人々が豊かに暮らすようになると、それがすべて幻想であることがはっきりする。なぜなら、人々は神を忘れ、人間の知性のみを崇拝するようになるからだ。でも父さん、神の意志からみると人間の知性なんてあまりにとるにたらないものだ。神が海なら、人間の知性なんて一滴の海水にもならないくらいだ。

 

 

人間はさまざまなイメージが見える箱のような装置を作る。この箱を介して私にコミュニケートしようとしても無駄だ。このとき私はすでに死んでいるのだから。でも、このイメージの箱は、向こう側の世界(死者の世界)にとても近いところにある。それは、髪の毛と頭皮との距離くらいに接近している。このイメージ装置のおかげで人々は世界中で起こっていることを見ることができるようになる。

 

 

人間は地中深くに井戸を堀り、彼らに光とスピードと動力を与える金を掘り出す。そして、地球は悲しみの涙を流すのだ。なぜなら、地中ではなく地球の表面にこそ金と光が存在するからだ。地球は、自らに開けられたこの傷口のために苦しむだろう。人々は畑で働くのではなく、正しい場所や間違った場所などあらゆる場所を掘削する。だが、本物のエネルギー源は自らの周囲にある。エネルギー源は「見えないの?あなたの周囲にある。私をとって」などと言うことはできない。長い年月がたってからやっと人間はこのエネルギー源の存在を思い出し、地中に多くの穴を開けたことがいかに馬鹿げていたのか後悔するようになる。このエネルギー源は人間の中にも存在しているが、それを発見し取り出すには長い歳月がかかる。だから人間は、自分自身の本来の姿を知ることなく、長い年月を生きるのだ。高い教育を受けた人々が現れる。彼らは本を通して多くのことを考え、自分たちがなんでもできると思い込む。彼らの存在は、人間が自分自身の真の姿に気づくことの大きな障害になる。だが、人間が一度この気づきを得ると、こうした教育ある人々の言葉に聞き入っていた自分自身がいかに大きな錯覚に陥っていたのか自覚するようになる。この本来の知識はあまりに単純なので、これをもっと早く発見しなかったことを後悔する。

 

 

人間は、何も知らないのに自分を全能だと思い込み、あらゆる馬鹿げたことをする。東洋に賢者が現れる。この人物の偉大な教えは大海と国境を越え世界に広がるが、人々はこの真実の教えをウソと決め込み、あまり長い間信じることはない。

人間の魂は悪魔にのっとられるのではない。もっと悪いものにのっとられるのだ。人間の信じているものには真実などいっさいないのに、自分たちの信じる幻想こそが真実だと思い込むのである。ここセルビアでも世界の他の地域と同様である。人々はきれいな空気を嫌い、神々しいさわやかさと美しさは、人間が作った上下関係の階層関係のもとで見えなくなってしまう。だれも彼らを強制するわけではない。人間は自分の自由意思からこうしたことを行うのだ。

 

 

ここクレムナでは、多くの畑が牧草地となり、多くの家が放棄される。でもこの地を離れたものは、きれいな空気で自分を癒そうとまた戻ってくる。セルビアでは男と女を区別することはできなくなる。みんな同じような服装になるからだ。災いは海外からやってくるが、それはわれわれの間に長くとどまることになる。新郎は花嫁をめとるが、だれがだれなのか分からなくなる。人々は自分自身が分からなくなり、なにも感じなくなる。多くの男は、自分の祖父や曾祖父がだれなのか知らない。人間は自分がすべて知っていると思っているが、実はまったくなにも知らないのだ。

 

 

セルビア人は互いに分裂し、自分たちはセルビア人ではないと言い張ることになる。邪悪なものたちがこの国を支配し、セルビア人の女性たちと寝床をともにする。セルビアの女達は邪悪なものたちの子を身ごもるが、この子供たちは、世界が始まって以来、セルビアではもっとも劣った子孫となる。虚弱なものだけが生まれ、真のヒーローが生まれることはない。

ある時期、われわれはセルビアの地から去ることになる。われわれは北に行くが、そこでこれが馬鹿な行いであったことに気づき、もといたセルビアの地に戻ってくる。戻るやいなや、賢くもわれわれは邪悪なものたちを追い払い、彼らを二度と見ることはなくなる。

 

 

世界中で奇妙な伝染病が蔓延する。だれもその治療法は分からない。だが、みな「私は高い教育があり、頭がいいから治療法は分かっている」と言い張るが、だれもなにも知ってはいない。人々は考えるに考えるが、正しい治療法を見つけることはできない。だが、治療のカギとなるものは人間自身の中や周辺にあるのである。

 

 

人間は他の世界(惑星)に旅行するが、そこでは生命が存在しない砂漠を発見するだけである。神よ、許したまえ。彼らは自分たちが神よりも全知全能であると信じているのです。そこでは神が創造した静けさだけがあるが、心の底では人々は神の美と力を見るのである。月や星では人々は馬車のようなものを運転する。彼らは生物を探すが、われわれに似た生物は見つかることはない。生命はそこに存在しているが、彼らはそれが生命であることを理解しないし、知ることもない。

他の星に行ったものたちは、この時代の常識的な考えとして神をまったく信じていないが、地球に戻ってきたあと、「みなさんは神の存在を疑っているだろうが、私の行ってきた世界に行ってごらんなさい。神の意志と力を見ることになる」と言うだろう。

 

 

知識が増大するにつれ、彼らは互いを愛したり心配したりすることはなくなる。彼ら相互の憎しみはあまりに大きく、彼らは自分の親戚のことよりも、自分たちのもっている所有物や小物のことを気にかける。人々は、自分の隣人よりも、自分がもっているいろいろな機械や装置のほうを信頼する。

北方にある国の国民で、愛と慈悲を人々にといてまわる小男が現れる。しかし、彼の周囲には多くの偽善者がおり、多くの浮き沈みを経験する。こうした偽善者のだれも人間の真の偉大さとはなにかを知ろうとはしない。だが、この人物の書いた本と話した言葉は残るので、人々は自分たちがいかに自己欺瞞に陥っていたのか気づくようになる。

 

 

多くの数字が書かれた本を読んだり書いたりするものが、自分たちがもっともよくものを知っていると考える。これらの教育のある人々は、自分の人生を計算に基づいて送ろうとし、数値の命ずるままに行動する。こうした人々の中にも悪人と善人が存在する。悪人は悪い行いする。彼らは空気と水、そして河川や土地を汚染し、このため人々はさまざまな病気で突然と死ぬようになる。善人で賢いものたちは、彼らの努力にはなんの価値もなく、ただ世界を破壊するだけであることを悟り、数字に答えを見いだすのではなく、瞑想を通して真実を発見しようとする。

 

 

彼らが瞑想すると神の知恵に近付いて行く。だが、ときはすでに遅すぎた。悪意をもつものたちが全世界を荒らし回っており、巨大な数の人々がすでに死にはじめているからである。人々は都市から逃げ出し、田舎に避難する。人々は十字が三つ並んだ山を探す。その中では人々は息をすることができ、水も飲むことができる。この中に逃げ込んだものたちは、自分も家族もともに救うことができる。だが、それは長くは続かない。なぜなら、すごい飢饉が襲うからだ。町や村には十分に食べ物がある、だが、それらは汚染されている。飢えた人々はそれを食べるが、食べたとたんに死んでしまう。早く死んだものたちこそ逆に生き延びるのだ。なぜなら、聖霊に助けられ神に近付くことができるからだ。

 

 

もっとも怒ったものたちが、もっとも強大で恐ろしいものたちを攻撃する。
このひどい戦争を空で戦うものたちには大変な災いとなる。陸上や海上で戦うものたちのほうがまだましだ。

この戦争を戦うものたちは、科学者に奇妙な大砲の弾を作らせる。それが爆発すると、人を殺すのではなく人間や動物に呪いをかける。この呪いで人々は戦うかわりに眠りに眠りこむ。

セルビアはこの戦争に参戦することはない。だが、わが国の上空で別の国の軍が戦う。ポゼガという町の近くで、空から焼け焦げた人々が落ちてくる。世界の果てにあり、大海原に囲まれ、ヨーロッパくらいの大きさの国だけがなんの問題もなく平和に生き残る。この国では大砲の弾はひとつも爆発することはない。

 

 

三つの十字のある山に逃げ込んだものたちだけが避難場所を見つけ、愛と幸福に満たされ、豊かに暮らすことができる。なぜならもう戦争は起こらないからである。

 

以上全文
http://ytaka2011.blog105.fc2.com/blog-entry-162.html
より、

 

これは、そのミタール・タラビッチという人が、19世紀半ばの時点から未来を予見した、というもので、彼が生活していたセルビア中心の見地から予言している。
しかし、予見した時代が錯綜しているようなので、この記述通りに時代が進んでいく、という訳ではない。

千里眼というから未来の映像、イメージを予見して叔父の神父に伝えて、その神父が言葉にまとめたようである。

 

預言というのは、「天使的未来人が過去人に向けて書いたテキスト、指示書」であり、いわゆる予言書とはそのメカニズムが異なっている。
だが、私は、「世の中には、未来を透視する能力を持った超能力者が存在した」
ということは否定しない。
ミタール・タラビッチもその一人だったのだろう。

 

自動車や飛行機、テレビの出現の予言と思われるものがあるが、19世紀の文盲の羊飼いが予言した、と考えれば、確かに千里眼、透視の能力はあった、というべきだろう。

 

私がこのブログで彼を取り上げたのは、「その透視の能力を持っていた超能力者の予言書と聖書、ノストラダムスの預言書に一致点、類似点が見られた」からである。
それが私の説、解釈により信憑性を加えているのでは?
と思って読んでいただければよい。

 

 

さて、タラビッチの予言書中には第1次世界大戦や第2次世界大戦の予言等の既に成就してしまった、と思われる記述もある。
だから、「既に成就してしまった予言と未だ成就していない予言」とを選別していかなければならない。
また「(数十年間の)長い平和が続く」とあるが、これも成就した、と考えるべきだろう。
第2次世界大戦後には、(紛争はあったが)一応数十年間の平和な時代が続いている。
だが、平和は永遠に続く訳ではない。

 

さて、既に成就した記述を除いたとしても、この予言書の中に気になった記述があったので、そこだけを再掲して考えていこう。

 

 

>世界中で奇妙な伝染病が蔓延する。だれもその治療法は分からない。だが、みな「私は高い教育があり、頭がいいから治療法は分かっている」と言い張るが、だれもなにも知ってはいない。人々は考えるに考えるが、正しい治療法を見つけることはできない。だが、治療のカギとなるものは人間自身の中や周辺にあるのである。

 

 

ここに「世界中で奇妙な伝染病が蔓延する」とあるが、これは2016年の7月以後に悪魔軍団がばら撒いて発生する疫病だろうか?
人々は最初は「直ぐに治療法、治療薬、ワクチンは開発されるだろう」
とたかをくくって甘く見ているが、なかなか治療法は見つからないか、結局治療法は見つからないようだ。

 

 

>彼らが瞑想すると神の知恵に近付いて行く。だが、ときはすでに遅すぎた。悪意をもつものたちが全世界を荒らし回っており、巨大な数の人々がすでに死にはじめているからである。人々は都市から逃げ出し、田舎に避難する。人々は十字が三つ並んだ山を探す。その中では人々は息をすることができ、水も飲むことができる。この中に逃げ込んだものたちは、自分も家族もともに救うことができる。だが、それは長くは続かない。なぜなら、すごい飢饉が襲うからだ。町や村には十分に食べ物がある、だが、それらは汚染されている。飢えた人々はそれを食べるが、食べたとたんに死んでしまう。早く死んだものたちこそ逆に生き延びるのだ。なぜなら、聖霊に助けられ神に近付くことができるからだ。

 

 

この記述は象徴的で錯綜的に書かれてあるので、少し解りにくいが、一番重要な記述だと思われる。

 

>だが、ときはすでに遅すぎた。悪意をもつものたちが全世界を荒らし回っており、

 

(疫病と大飢饉を挽回するのは)もう手遅れになる、というのだ。
「悪意をもつものたち」とは、悪魔軍団か、それともその手下のレプティリアンと呼ばれる人達を指すのだろうか?
聖書でいえば「荒らす憎むべき者」である。
その者達が世界を荒らし回るのである。

 

 

>巨大な数の人々がすでに死にはじめているからである。

 

 

とあるから、これは何億人、何十億人という人達、つまり、地球人の何分の一かの人々が死に始める、というのだ。
「その死因は飢饉、大飢饉である」、と書かれてあるように思われる。
ただし、先の「疫病が発生する」という記述からは離れているし、「疫病が大飢饉を誘発する」とも書かれていない。
ただ、この文はミタール・タラビッチ本人が書いた文ではない。
彼は文盲の羊飼いだったから文章は書けない。
彼が折々に言ったことを叔父の神父が文章にまとめたものである。
だから「疫病が起きてから大飢饉が起きた」と言ったかもしれない。
ただ、タラビッチは「疫病が起きる、大飢饉が起きる、時既に遅く何十億人もの人達が死に始める」
という映像を幻視したのは事実なようだ。

 

 

>人々は都市から逃げ出し、田舎に避難する。

 

 

この辺は私の説と類似している。
都市には疫病が蔓延して食糧も無くなるので人々は田舎へと避難するのだ。

 

 

>人々は十字が三つ並んだ山を探す。その中では人々は息をすることができ、水も飲むことができる。この中に逃げ込んだものたちは、自分も家族もともに救うことができる。

 

 

これは「シェルターに逃げ込んだ人達だけが生き延びられる」、というのだろうか?
事前にシェルターを造り、中に水、食糧を備蓄しておいた人達だけが助かる、というのだ。
勿論、家族が入ったらシェルターの扉は閉ざされるだろう。
大勢の人々を養うだけの分はないからだ。

 

>だが、それは長くは続かない。なぜなら、すごい飢饉が襲うからだ。

 

この飢饉は簡単には収まらないようだ。
「すごい飢饉」という表現に注目したい。
この飢饉が数ヶ月で収まらないで、備蓄した水と食糧を食べつくしてしまったら、結局飢死するしかない。

 

>町や村には十分に食べ物がある、だが、それらは汚染されている。飢えた人々はそれを食べるが、食べたとたんに死んでしまう。

 

 

う~ん、この文は問題だ。
ここでは「物流のストップによって食糧が無くなり大飢饉が誘発される」というのではなく、「食糧の汚染によって大飢饉が起きる」
と書かれてある。
食糧の汚染とは何だろうか?何によって汚染されてのだろうか?
核による汚染?大気、水、土壌などの汚染?毒物、農薬などによる汚染?
など、いろいろ考えられるが。
ただ、今も中国で進行している大気、水、土壌の化学物質、農薬による汚染というのはじわじわと進行していっているので、「急速に短期間で全世界を覆った食糧汚染」というのには考え難い。
「急速に短期間で全世界を覆った食糧汚染」というとやはり核爆発、核戦争による汚染が候補に挙げられる。
しかし、タラビッチが今の中国の大気、水、土壌汚染、食糧汚染を幻視していて、これについて彼が言ったことを牧師がここに挿入した、とも考えられる。
だから、「最後の大飢饉が食糧の汚染によって引き起こされた」と断言はできない。
また、

 

 

>この戦争を戦うものたちは、科学者に奇妙な大砲の弾を作らせる。それが爆発すると、人を殺すのではなく人間や動物に呪いをかける。この呪いで人々は戦うかわりに眠りに眠りこむ。

 

 

という予言は地上の核爆発というよりも、中性子爆弾かプラズマ兵器、あるいは、
コンピュータや電子機器を破壊する高高度核爆発
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%AB%98%E5%BA%A6%E6%A0%B8%E7%88%86%E7%99%BA

を連想させる。

 

今のパソコンとネットに頼っている社会でこの攻撃をされたら社会が機能不全に陥るだろう。
「人を殺さないで呪いをかける」という表現はこれを暗示したのではないだろうか?
悪魔軍団は社会を混乱させる手段として高高度核爆発を使った、というのは充分に考えられる。

 

それと、

 

>人間は、何も知らないのに自分を全能だと思い込み、あらゆる馬鹿げたことをする。東洋に賢者が現れる。この人物の偉大な教えは大海と国境を越え世界に広がるが、人々はこの真実の教えをウソと決め込み、あまり長い間信じることはない。

 

という記述も気になる。

私は正式な預言書というと聖書とノストラダムスしか認めないし、それ以外の予言書は、否定はしないが、解説する程の重要性は感じないのだが、「ミタール・タラビッチの予言」に関しては、私が主張してきた説とも重なる部分が多いので取り上げてみた。

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